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パチスロキャラの真実、このキャラ現実ではこんな人!

松永久秀という人物を知っていますか?

松永久秀とは、パチンコ・パチスロだと戦国乙女シリーズや織田信奈の野望シリーズなどで登場する実在した人物です。戦国乙女では男キャラで見た目も行動も完全に悪役で登場します。そんなキャラクターで登場する久秀ですが、実際はどんな人物だったのでしょうか。調べてみると彼には様々な悪評が存在しているのですが、どうも本当は違ったんじゃないかと言う濡れ衣説が浮上してきます。今回は彼の生き様を意訳してご紹介していきます。

 

まず彼の生き様を知る上で分りやすい言葉は織田信長が松永久秀を徳川家康に紹介した一文。その意訳がコチラ。

 

「彼(久秀)は常人では成せない悪事を三つも成した。一つ目は三好氏への暗殺と謀略二つ目は将軍暗殺三つ目は東大寺大仏の焼討である。」

 

かの織田信長にここまで言わせたのが松永久秀という男です。ではこの三悪事についてさらに詳しく紹介していきます。

 

松永秀久の悪事?その1

「三好氏への暗殺と謀略」
濡れ衣!?本当は忠義にアツい久秀!?

 

天文3年頃から久秀は三好長慶の右筆(書記)として仕えていたと言われています。三好長慶とは三好政権を築いた時の三好家当主として有名な武将です。久秀は三好政権ができる天文18年より以前から仕えていたと言われています。長慶は久秀を大変重宝していて、久秀もまた長慶を出し抜こうとしたりその意に反したりはしませんでした。そして年月が経ち久秀は長慶の嫡男義興と同格の地位に登りつめます。久秀が出世していく中、長慶の身内が相次いで亡くなり長慶はどんどん覇気を失っていきます。そして弱った長慶は病に倒れ息を引き取ります。その時三好家では久秀に並ぶ権力者は1人しかいない状況になっていました。

 

さて、お気づきいただけたでしょうか?

 

確かに久秀が出世して、都合よく三好家の人間が次々に亡くなっていますが、久秀の手によって引き起こされた証拠はありません。久秀が暗殺したと言われている中の一人に長慶の息子義興がいますが、実際は病死したと言われています。さらに義興が病に倒れた時、久秀は心を痛めて改めて三好家に忠義を誓った書状を書いています。では何故久秀が悪い様に言われているのかというと、当時では考えられないほど低い身分から飛躍的に出世した久秀は脅威に思われていたからだと言われています。

 

松永久秀の悪事?その2

「将軍暗殺」
気づいたら自分が黒幕になっていた!?

 

長慶の死後、三好家と対立していた将軍足利義輝が勢力を伸ばしてきた。それを脅威に感じた三好家を引き継いだ長慶の甥である義継とそれを支える三好三人衆(三好長逸・三好宗渭・岩成友通)、そして久秀から家督を譲られた嫡男の久通は将軍殺害を計画し実行する。これを『永禄の変』と言います。

 

さて、お気づきいただけたでしょうか。

 

この話、直接久秀が関わった形跡がないのです!
息子が参戦していたので将軍殺害の情報は知っていた可能性は高いのですが、直接将軍殺害に関与した証拠は残っていません。さらに言えばこの時期の久秀は久通に家督を譲ったので別の地方に居て、殺害当日も現場にはいなかったのです。にも関わらず、主犯として久秀の名前が挙がるのは久秀の存在感と周囲からの畏怖があり、そのせいで多くの人に黒幕として認識されていたのです。

 

松永久秀の悪事?その3

「東大寺大仏の焼討」
悪行をなすりつけ!?寺を焼いたバチあたり

 

将軍義輝を殺害後三好政権は勢力を伸ばすかと思いきや他国との戦に敗れて領土を喪失。さらに重要な領土である畿内を巡り三好三人衆と久秀が対立。三好家を二分して争いが始まりました。状況は久秀が不利で劣勢を強いられます。しかし、三好家当主義継が三人衆に不信を抱き久秀側につくことで状況は一変。勢力を盛り返し、遂には三人衆の陣である東大寺への奇襲を成功させ三人衆を撃退するのです。この戦いで戦場となった東大寺が焼け落ち、さらに大仏の首も落ちました。東大寺の出火には諸説あり、久秀軍の兵が火の不始末で焼けたや、三好方のキリシタンが放火したとも言われています。

 

さて、お気づきいただけたでしょうか。

 

信長の言葉や一般的な解釈ではまるで久秀がわざと焼いたかの様に言っていますがその確固たる証拠はどこにもないのです。しかしこれまでの久秀の悪評が何か問題が起こるたびに久秀の名前が上がる要因になっているようです。

 

松永久秀の悪事?特別編
日本初の自爆男は嘘か真か

久秀を調べていくと「自爆」と言うワードが目に入ります。「日本人初の自爆野郎」「戦国のボンバー○ン」などと呼ばれていて、その理由は久秀の最後が自爆による自殺だったからだと言われています。

さて、本当に久秀の死因は自爆だったのか。調べてみました。

※写真は茶釜のイメージです

 

三好三人衆との争いは信長の介入で終わりを迎えます。上洛してきた信長に久秀はすぐさま降伏して幕府の直臣となり、畿内は信長により平定されるのです。しかしその後久秀は信長に対し謀反を起こして失敗しますが、大魔王と恐れられた信長にしては珍しく久秀を許します。一旦は降伏した久秀ですがその後またも謀反を起こします。信長は理由を聞くために使者を送るも久秀は使者に会うことすら拒みます。その後信長に攻め入られ久秀は窮地に立たされます。この時も信長は信貴山上を大群で包囲しながら「平蜘蛛の釜を出せば許す」と伝えます(平蜘蛛の釜とは久秀の所有していた茶釜で、以前から信長は平蜘蛛の茶釜を欲していました)。しかし久秀は

 

「平蜘蛛の釜と我らの首。信長に渡すくらいなら釜に火薬を入れて粉々に打ち壊す」

 

という返答をします。その返答を聞いて信長は総攻撃を開始。敗北は濃厚となった久秀は平蜘蛛を叩き割って天守に火をかけ切腹しました。その後首は安土へ送られ、遺体は筒井順慶が達磨寺へ葬ったと言われています。

 

さて、お気づきいただけたでしょうか。

 

自爆?そんな事一言も出てきていません。あえて言うなら久秀の「釜に火薬を入れて粉々に打ち壊す」が釜を爆弾にして死んでやると言う意味にもとれますが、実際は釜を壊し切腹しています。では何故「自爆」が広まっているのか。それは1950年代以降の創作作品で、爆死したと読み取れる作品が出てきたことから、その後も多くの作品やテレビ番組で久秀が死ぬ際「火薬を使って吹っ飛んだ」と言う様な記載をされる事が多くなり、現在では多くの創作物で自爆のイメージが先行してしまいました。

 

松永久秀という人物

 

悪役で自爆するイメージが強い久秀。上記を見る限り本当はいい奴、むしろ濡れ衣着せられて可哀想な奴くらいに思えます。この「久秀が実はいい奴」説は最近になって判明した事です。今までは現在広まっている久秀悪い奴説が有力でしたが、専門家の方々の調べで今まで言われてきた説とは異なる部分が出てきました。悪役としての魅力があるので以前の評価の方が良いと思う方もいるかもしれません。ですが、正しい歴史が分かるのならば是非知りたいですし、良い奴として出てくるパチンコがあったら打ってみたいとも思いますね。

 

 

 

参考資料

 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

松永久秀

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