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【雑学】吉宗のライバル徳川宗春

徳川宗春とはどのような人物だったのでしょうか。

 

一種二種タイプの先駆けとして登場した「CR吉宗 天昇飛躍の極」で吉宗の敵役と伝えた方がパチンカーには分りやすいかもしれません。

この台では吉宗目線で描かれているので、完全に宗春は悪者。

 

 

致し方がないとはいえ、宗春は実在した人物。

 

 

主人公の吉宗は誰しもが知っている天下の8代将軍ですが、敵対相手に選ばれた徳川宗春のことを知っていた人は少数だったのではないでしょうか。本当に吉宗とは因縁の相手だったのか?  では徳川宗春とはどう言った人物なのか見ていきましょう。

 

 

 

徳川宗春

1696年11月22日-1764年11月1日

尾張徳川家第7代当主・第7代尾張藩主

 

 

 

 

この時代の将軍様が、あの暴れん坊将軍でも有名な徳川吉宗になります。つまり将軍吉宗の時代の尾張藩を治めていた藩主が徳川宗春になります。

 

この宗春を語る前に、よく比較される徳川吉宗の話をちょっとしましょう。

 

 

徳川吉宗

1684年11月27日-1751年7月12日

紀州藩第5代目藩主-江戸幕府第8代将軍

 

 

 

徳川吉宗と聞くと、どんな人物を思い浮かべますか?

 

正義感が強くて、庶民から愛されて、派手好き。このイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。実際にはイメージとは随分違った人物だったようです。正義感が強いってのは幕府側から見たら当たっているようですが、庶民からは随分反感を買っていたようなのです。なんせ幕府権力の再興のために増税と質素倹約による改革を行っていたのだから。

 

百姓一揆が頻発した吉宗時代。

 

破綻しかけた幕府の財政の復興は成功したのですが、年貢率の引き上げなどで農民による百姓一揆が頻発していたようです。

 

そして、とにかく倹約家で派手好きとは全くの逆。肌着は木綿に統一(将軍家ならば真綿が当たり前)。平日の食事は一汁一菜、朝夕の二食を原則としていた。

 

 

 

うーむ、どうもイメージが違う。自分たちが知っている暴れん坊将軍の吉宗ではない。

 

 

 

ここからが本題

徳川宗春について書いていきましょう。

 

 

宗春の特徴を簡単に言えば

派手好きで藩主として吉宗と正反対の政策を打ち出した人物です。

 

当時の幕府は吉宗のもと質素倹約規制強化を徹底しており、祭りや芝居や遊郭などの娯楽が縮小・廃止、とにかく贅沢な振る舞いを禁止していましたが宗春は全くの逆。規制を緩和して民の楽しみを第一にした政策を進めたのです。

 

 

 

1か月半にも及ぶ盆踊りを奨励、女性や子供が夜でも歩けるように城下に提灯を数多く設置、名古屋城下郊外に芝居小屋や遊郭などの遊興施設の許可など規制緩和政策を打ち出したのです。

 

 

このおかげで質素倹約規制に苦しんでいた商人たちに受けて、尾張名古屋の町は活気に溢れました。その繁栄ぶりは「名古屋の繁栄に京(興)がさめた」とまで言われたほどです。そもそも、この徳川宗春なる人物自体が他の大名とは一風変わった人物で、初めて藩主としてお国入りする時の服装が真っ黒の馬に跨り、真っ黒の着物(裏地は真っ赤)。頭は巨大な異国の笠と、完全にどこかの傾奇者です。

 

 

大名行列はお殿様は駕籠に乗って移動が普通です。通行人は道を開けて通り過ぎるまで土下座しなければいけないのですが、宗春に限っては土下座無用、宗春の顔を見る許可が出ていたとか。破天荒な格好に破天荒な行い。名古屋の民の心を一気に掴みます。

 

馬ではなく牛に跨るなど、とにかく派手だった宗春。

 

民衆が喜ぶように服装にも工夫を行っていたようで、美しく着飾った朝鮮通信使の姿や歌舞伎・能の衣装で巡視に出向いたり、白い牛に乗って町に出たりしたそうです。そうかと思えば神社仏閣への公式参拝の際には正装を着るなど守るべき形式は守る。

 

 

このギャップも宗春人気を支えていたようです。

 

 

 

仁や慈を大事にする宗春は治安の良い町づくりにも尽力を注ぎ、藩士を巡回させて町の警備にあたらせました。宗春藩士時代の尾張藩主では死刑が一度も行われなかったそうです。犯罪者を処分する政策ではなく、犯罪を起こさない町造りを目指したようです。

 

 

 

 

そんな宗春も最後はとうとう吉宗幕府から目を付けられます。朝廷・幕府・尾張藩の複雑な三角関係も絡まって、名古屋城の後下屋敷に22年も幽閉されてしまいました。幕府側の働きかどうかは定かではありませんが、御三家筆頭の藩主だったのに正式な肖像画が1枚も描かれることなく、正式な記録も一切残されることはありませんでした。

 

 

 

 

いかがでしょうか。なんともドラマティックな人物だと思いませんか。いつの日か大河ドラマの題材になることもありそうですね。

 

現在の名古屋大須の賑わいは宗春の功績が大きいと言われています。

 

 

 

©DAITO GIKEN,INC.

 

参考文献

江戸ガイド「暴れん坊将軍 吉宗のライバル・徳川宗春の生き方がド派手すぎる」

https://ja.wikipedia.org/wiki/徳川宗春