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あなたはパチンコ玉についてどれほど知っていますか?

 

あなたはパチンコ玉についてどれほど知っていますか?パチンコはパチンコ玉無くしては遊べません。けれどもパチンコ台にスポットが当たることがあってもパチンコ玉にスポットが当たることはほとんどありません。今回はそんな、縁の下の力持ちであるパチンコ玉にスポットを当てました。あなたのきっと知らないパチンコ玉の世界を紹介します。

 

 

パチンコ玉がない時代はお金で遊んでいた

 

パチンコの歴史が始まった当初、パチンコは「一銭パチンコ」と呼ばれていました。その名前の通り、一銭硬貨を使って遊びます。一銭パチンコの遊び方は、1銭硬貨を投入すると玉が1つ出てきて、その玉を弾いて入賞口に入ると1銭硬貨が2、3枚出てくるというもでした。中には1銭硬貨を直接弾く台ものもあったようです。しかし、「一銭パチンコ」は、“皇室の御紋の入った硬貨を弾く行為は不敬である “との理由で、1銭硬貨と同じサイズのメダルを弾く「メダルパチンコ」へ姿を変えました。

 

 

その5年後、1936(昭和11)年頃に鋼球(パチンコ玉)を用いるパチンコが名古屋に登場します。しかし、戦争のためパチンコは終戦を迎える1945年までほとんど姿を消してしまいます。終戦を迎え、パチンコ玉(鋼球)を使ったパチンコが広がっていきました。その背景には、軍事用に使われていたベアリング球が必要なくなり、大量に入手しやすかったことがあります。このベアリング球が鋼球でありパチンコ玉です。最初に使われたパチンコ玉が直径11ミリ、重さ5.5gでした。そして現在、パチンコ玉として使用が認めらる条件は、鋼球であること、直径11ミリであること、5.4g~5.7gであることと定めれており、パチンコ玉の大きさや重さは70年以上経った今も変わっていません。

 

パチンコ貸球料金は1円→2円→3円→4円

 

1948年(昭和23)風俗営業等取締法が施行され、パチンコは同法に基づく都道府県条例で許可営業になりました。それと同時にパチンコ玉の貸玉料金が1個1円と定められました。翌年、1949(昭和24)年に玉貸料金が1円から2円へ値上げされます。その頃、ヤミ球と呼ばれるパチンコ球が出回り、ヤミ球防止のため球に刻印が刻まれるようになりました。1972年(昭和47)貸玉料基金は3円に値上がりし、1978年(昭和53)には4円に値上がりしました。そして4円になってから現在まで、40年以上にわたり貸玉料金の上限は変わっていません。

 

 

鋼球の時代はいつまで続くのでしょうか?

 

パチンコ玉の歴史を調べてみると、現在のパチンコ玉の大きさや重さの理由には「最初に使われていたから」という意外な理由であることがわかりました。このパチンコ玉であるための条件が、今後変わる事はあるのでしょうか?

もし、変わるのならばまったく新しいパチンコマシンが登場するかもしれません。また、貸玉料金も40年以上変わっていないようなので、いつかは1玉5円になったり、または3円に下がる可能性があるかもしれませんね。