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栄華のパチンコ偏愛体質

駆け出しライター覚え書き 前編

 

あけましておめでとうございます。
偏愛パチンコライターの栄華です。今年の目標は更新のペースをアップすることです。よろしくお願い申し上げます。

 

 

さて、新年早々ワタクシ事で恐縮ですが、今年の春でパチンコライターになって丸15年が経ちます。まあ、たったの15年ですので「今は昔…」なんて知った様な顔で語るべきことなどありませんが、パチンコライターになった頃と今を比べると、「仕事の内容がずいぶん変わったなあ」とつくづく思います。最近、パチンコライター(主に女性)が「文を書かないのにライターを名乗るのはおかしい」なんて叩かれているのをよく見かけますが、私も最初は文章を書く機会がなかなかありませんでした。ただし、その理由はDVDなどのメディア出演に忙しかったからではなく、まったく別な仕事がメインだったからです。

 

 

その仕事はたいへん地味で、誌面作りに関わっているという実感に乏しく、体力的にも精神的にもハードで、続けるには様々な環境や適性が必要でした。そういう仕事がこの世に存在すること自体あまり知られていなかったので、そもそも志す人が極めて少なかったと言えます。

 

 

ふと思い立ちました。もしかしたら、同業者が少なかった頃の仕事の話を面白がってくださる方がおられるかもしれない。丸15年を目前に当時の記憶が薄れつつある中、覚え書きを兼ねて少しばかり記述させて頂こうと思います。

 

 

●初めての仕事

私がパチンコ攻略誌に採用されたきっかけは「作文」です。応募要項に従って志望動機などをまとめた文章を送付すると数日後に採用の電話がありました。名古屋在住の私は、メーカー直営店でのデータ採りスタッフの仕事を与えられたのです。「データ採り」がどんな仕事なのか全く分かりませんでしたが、編集部のエラい方から「仕事をお願いするときはまた連絡します」と言われて飛び上がるほど嬉しかったのを覚えています。

 

 

それから1か月ほど経った頃、「仕事をお願いします」と電話がかかってきました。内容は「ある新台を打ってどんな台なのかレポートせよ」というもの。その新台は『メリーといっしょ』というデジパチなんですが…打った方おられますか? おられたらすごいなあ。というのも、設置は愛知県東海市の三洋直営店のみ、テスト導入だけで終わった幻の台なのです。

 

 

『CRメリーといっしょ』

大当り確率1/350.5
全ての大当り終了後に時短100回転
●「メリー」は主人公の女の子の名前。
●中図柄にメリーが止まると背景が変化(昼→夕→夜→夜空に花火)する連続予告があった。疑似連じゃなくホントに連続するやつ。
●ノーマルルートから「チャレンジステージ」に発展。チャレンジに成功すると「観覧車リーチ」「ハンドマシーンリーチ」などに分岐。最も信頼度が高いのは「花火リーチ」。

 

 

と、ここに盤面写真を入れたいところでしたが、どこをどう探しても出てこないので断念。あの頃の私に「お前は将来<偏愛パチンコ記録魔>になるんだぞ。写真の管理だけはしっかりしておきなさい!」と言ってやりたいです。

 

あの頃の私

 

 

私は2002年の暮れごろからCS放送のパチンコ専門チャンネルを視聴し始めたことで正攻法攻略に目覚め、医療職のパートの傍らセミプロ的に稼いでいました。「保3止め」「ステージ止め」「確変時短中の止め打ち」をしていれば楽勝だった時代で、名古屋は低交換店も多かったので長時間遊技で収支はかなり安定しました。現在からは考えられないほど「勝つこと」に興味がありましたから、「新台をレポートせよ」なんて言われたら、持てる文章力とありったけの攻略知識を振り絞り、期待以上の仕事をしてやろうと張り切るに決まっています。レポートがどんな形で誌面に反映されるのか分からないまま、『メリーといっしょ』を終日打って気づいたことを洗いざらい報告したところ、なんとほぼ原文を生かした形でかなりの文字量が使われたのです。記名こそありませんでしたが、自分の書いた文が憧れの攻略誌に掲載されたのを見て、遅咲き(33歳)ながらライターとしてのキャリアがスタートしたんだ、とこの時は意気揚々としていました。

 

 

〈たぶん来月後半あたりにつづく〉